プロフィール

想い

手刻みしてつくる木の家は、大工が墨付けして刻まんとできないもんやから、そこに、どうしたって、仕事をさしていただいているご家族への感謝の念や、先人から受け継がれた技術への想いなんかが、こもるんです。プレカットが悪いとは言わんけど、想いをこめることは、手刻みでないとできんわね。

で、そんな想いが「どうやったら、ちょっとでも長持ちする、いい家にできるんやろか」という自問自答になり、一本一本刻む仕口の、ひとつひとつの線を引くのにも「よりよくするために考え、工夫をする」姿勢につながっていくんです。

なんとなくやってしまうのでもなく、昔からのやり方を鵜呑みにするんでもなく、「どっちがええんやろう」「ほんまにそうなんやろうか」と、考えることをやめない。先人の仕事の数々や、今だからこそ体験できてる実大実験で目撃したことなど、いろんな引き出しをひっくり返して総動員しながらね。

そんな風にグーッと集中して墨付けしてるとね、なにか無になるような瞬間が来るんですわ。極致というんかな、禅の世界やね。自分がどこにいるのか、今がいつなのか、ということも、すっかり忘れ、上も下も時間もない、宇宙空間にポーンと投げたされたようになってね。「どうするのが、一番ええのか」という答がね、くるんですわ。声でね。それが木の魂なのか、先人たちの想いなのか、分からへんけど、結果的にはその答に「ああ、そうか」と導かれるようにして仕事してます。

不思議な話みたいやけど、ほんまにそうなんですわ。一棟一棟、そんな心持ちで、心をこめて、集中して、仕事さしていただいてます。

宮内建築

宮内寿和

経歴

1967年 滋賀県大津市生まれ

曾祖の代からの大工。5歳で建築中の屋根にあがって釘を打った瞬間に「大工になる」と決意して以来、その気持ちがぶれることはなく、中学卒業と同時に、夜間高校に通いながら、叔父の元で大工見習いに。修業時代は、4年間電動工具をさわらせてもらえず、手仕事の感覚を磨いた。

見習期間が終わった頃から、ハウスメーカーの下請け仕事が増えていったが、31歳の時「自分の家なのに、ここをこう変えて欲しいのに、どうしてそう言えないんでしょうか」と施主に言われたことがきっかけで、目の前に居る人の望みに応えることのできない量産仕事に強い疑問と歯がゆさとを覚える。その後、工期厳守の無理がたたって、入院、休職。大工をやめようとまで思いつめた。

久しぶりに訪れた伝統構法をコツコツと手がける先輩棟梁の作業場で木の香りに触れ「自分がやりたかったのはこれだ」と気がつき、一棟一棟を建て主の思いをかなえ、木のいのちを大切にする「木の家づくり」で生きることを決心。滋賀でたちあがっていた、伝統木造を学ぶ「木考塾」に参加、独学での勉強、先輩棟梁たちの現場を訪れて仕事を見たり話し込んだりしながら、伝統構法への道を選び、再スタートを切る。

木組み土壁はもちろんのこと、地元産の木を水中乾燥させた材料のストック、石場建て、四寸角挟み梁工法などに積極的に取り組んでいる。また、国交省の補助事業として組織された伝統的構法のための設計法作成および性能検証検証実験検討委員会では、実務者委員として、伝統構法に相応しい天然乾燥材の研究や、実大振動台実験の損傷観察など、重要な役割を担った。

所属:職人がつくる木の家ネット

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